vol.05 特集テーマ 機能価値から感性価値へ

人間の感性を研究して、心ときめく車をデザインする
快適を追究したソリューションと、感性価値研究の最前線

EVをはじめとする新エネルギー車へのシフト、自動運転技術の開発、未来都市構想など、オートモーティブをめぐる革新の波が押し寄せています。高度な機能があたり前のようになる一方、あらためて問われるのは「その車は人を幸せにするのか?」という原点。車の魅力を実感できる“人の感性に訴えかける価値”の重要性が高まっています。本シリーズvol.04では「音」のデザインを特集しましたが、今回前編では座り心地の快適ソリューションと車内空間のデザインに新たな創造意欲をかき立てる3次元立体編み物フュージョン®の事例をピックアップ。後編では、温熱測定などから繊維の快適性を科学的に分析し、人の感性研究を製品開発に繋げている旭化成の「商品科学研究所」を取材。ユニークな取り組みをご紹介します。

▲旭化成アドバンス株式会社 繊維本部 繊維資材事業部 第3営業部 部長 山崎 博(右)、同事業部 副事業部長 兼 グローバル車両資材統括 関 透(左)

車に新しい感性価値を呼び込むカーシート素材“フュージョン®
ユニークな3次元立体構造に迫る

フュージョン®は旭化成が快適な衣料を追求する中で生まれた画期的な新素材の一つです。30年以上に渡る研究開発によって実現したさまざまな機能を活用して、カーシート素材や内装材として自動車に新しい感性価値を呼び込むのではないかと期待されています。その特性から広がる可能性について、技術開発とマーケティングに携わる山崎博と関透に聞きます。

▲さまざまなフュージョン®のラインナップから、写真は代表的な形状のものをピックアップ。

関「フュージョン®というのは旭化成の商品名で、表面部・連結部・裏面部からなる3次元の立体編み物(ダブルラッセル)です。表面と裏面は、衣服などに用いられる細い糸をたくさん束ねたやわらかいマルチフィラメントを使って触り心地や風合いの良いものにしています。表面と裏面を連結する真ん中にはモノフィラメント、つまり釣り糸のような1本の太い長繊維を入れて、その糸がたわんだり回復したりすることでクッション性を得られるようになっています。3層を貼り合わせているのではなく編み込んで一体構造になっているところが大きな特徴で、旭化成は特許も取得しています」

▲フュージョン®の構造図。旭化成にはもともと一般的な毛布を作るために表裏面の真ん中にパイルの毛足を並べて作っていた装置があり、「真ん中をモノフィラメントにしたらクッションができるのではないか?」と試してみたというのがフュージョン®誕生の経緯。

耐圧分散と振動吸収で長時間ドライブも快適に

関「カーシートに使われている事例では、金属フレームにフュージョン®生地を貼り込んで、いわゆるハンモック状になっています。シートに人が座ると、人体の凹凸部に応じて変形するので良好なフィット感とホールド性があり、心地よく体をサポートします。このとき縦横に弾性することで耐圧を局所的にではなく大面積で受けとめられる、耐圧分散性に優れているということが非常に特徴的ですね」

山崎「座ったときに圧力が真下だけにかからず縦横に逃がす力があるために、力を面全体で受けとめて分散させます。従来の素材の多くは座ると体が沈み込んでいくのですが、反発性がないので沈み込んだ形がそのままになってしまって、長時間座っていると疲れたりお尻が痛くなったりしてしまいます。寝具の場合もそうですが、単に沈み込むことがよいホールドの仕方ではなくて、反発性が必要なんです」

▲カーシートに座った時にかかる耐圧の比較。耐圧が分散されるフュージョンは筋肉のような弾性でフィット感を作り出すとともに、体をサポートする。

関「フュージョン®のクッション性には、長い間使っていただいてもへたらない耐久性があります。また振動を吸収することによって長時間運転しても疲れにくいです」

通気性は一目瞭然!蒸れにくい快適カーシートになる

関「フュージョン®は見た目どおりメッシュ構造なので通気性も良く、カーシートにすると非常に快適なものができます。シートの中に空気層ができるので、暑い時でも蒸れにくく、寒い時は保温性が実現します」

山崎「例えばフュージョン®で作った車椅子用のクッションがあるのですが、オフィスの自分の椅子用座布団として使ってみると、真夏でも蒸れなくていいんです」

▲フュージョン®︎のクッション性や通気性を活かした用途事例。

透過する光の演出で、未来のデザインを提案

山崎「フュージョン®でもう一つアピールさせていただいているのが、光の通りやすさです。カーシートだけでなく、天井やドアの内側などに内装材として使っていただいて光を内側から出すと、透過してさまざまな柄やパターンを映し出すことができます。立体編み物のフュージョン®だからできる意匠性で、2020年に北米で開催されたCES(世界最大規模のテクノロジー見本市)では外資系自動車メーカーがフュージョン®と同じ立体編み物をコンセプトカーに採用し、大きな反響を得ました。日本の自動車メーカーからも内装材としてお声がかかって、取り組みを始めているところです。
展示会ではすでに発表しているのですが、例えばアームレストの下から光を透過させ、光表示のタッチパネルの操作板を作り込もうとしています。必要のない時は消すことができます」

関「光透過性の意匠によって、見た目や雰囲気の快適性も出していけると思います。表面を単純単色にして光透過だけに特化させたものや、生地の柄を映し出すものなど、さまざまなパターンをお客様に見ていただけるようにデモ機を制作しました。

▲制作した実際のデモ機。

歴史的にはもう30年以上やっている事業ですので、定番の品番などすでに在庫として持っているものも数多くあります。
見た目の楽しさという点では、フュージョン®の生地は糸の編み方によって表と裏をフラット、メッシュ、亀甲柄をはじめさまざまなパターンに変えることもできますし、色のバリエーションは100通り以上出せます。3層で組み合わせができるので、例えば表面は黒に裏面は白にして斜めから見るとグレーに見えるものとか、モノフィラメントは光沢があるので真ん中の連結部だけピカッと光らせたり、赤青緑といった色をきれいに配列すれば見る角度によって色が違う玉虫色に光る生地を作ることもできます」

▲豊富な品揃えもフュージョンならでは。デザインの組み合わせは無数にできる。

航続距離延伸に貢献する環境配慮素材

関「糸と糸の間には空隙があるので、フュージョン®はとても軽量です。EV化では走行距離が問題になってきますが、車体が軽くなればそれだけ長い距離を走れるようになります。カーシートにフュージョン®を採用していただくことは、そういったニーズにマッチしていると思っています」

山崎「表裏面材と連結糸の両方に環境配慮素材を使うことが可能です。モノフィラメントの連結糸には原料の約40%が植物由来の原料を、表と裏にはリサイクルが進んでいるポリエステルの再生繊維が使えます。生分解性繊維やセルロース繊維などで、環境に配慮したエコな原料をうまく組み合わせて作ることもできます。最終的には使用後のカーシートを回収して100%廃棄せずに再利用できるという流れが、今後来ると思っています」

薄型シートで車内空間をもっと広く

山崎「自動車業界では過去の実績が重視されることが多いのですが、安全性を重視しながらフュージョン®のような新しい素材にもチャレンジしていただけるよう、私たちも価値の提案をし続けていこうと思っています。例えば、車酔いになるのはある周波数の振動に内臓が共振することと大きく影響しているのですが、フュージョン®の立体構造で振動を吸収して違う周波数に変換すると、乗り心地が改善され、酔いにくくなることが期待できます」

関「カーシートを薄くすれば、車室空間を広げることができます。今後自動運転になると、車内の居住空間をより広く快適に充実させようというニーズが出てくると思いますので、フュージョン®がもっともっと活用されてほしいですね」

後編では、旭化成の「商品科学研究所」の中へ入り、人の感性研究がどのように製品開発に結びついているのかご紹介します。

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