1974年から50年近い歴史を持つターマックラリーがクロアチアラリーだ。
ターマックと言ってもアスファルト、コンクリート、グリップのある路面、滑る路面など様々であり、高速あり低速もある。路肩がしっかりしている場合やガードレールがあればともかく路肩が道路面と同じ高さならインカットでコースは泥だらけになる。
そして天候。晴れなら摩耗とグリップのバランスを考えれば良いが、雨や中途半端なウェットはレインタイヤなのか、溝の少ないインターミディエイトなのか、それともドライ用ソフトコンパウンドなのか。グラベルに比べ、タイヤ選択が結果に重要な影響をもたらすのがターマックラリーだ。
様々な要因が各々のターマックラリ−の性格となるが、クロアチアは一言で言い表せないキャラクターを持っている。低速、高速、スムース、ラフ、グリップのある路面、極端に滑る路面が組み合わされ、しかも予想できない雨からタイヤ選択の最適解を導き出すのは至難の業である。それ故にWRC初開催となった昨年は初日から様々なドラマが生まれることになった。
ただし、走行順とタイムには関連性がある。先頭スタートなら綺麗な路面であり、後方のスタートだと場所によってはグラベルラリーもかくやという状況になる。
そのスタート順を生かして雨の初日から好タイムを連発したのがトヨタのロバンペッラだった。昨年は早々にクラッシュした彼だが、今年は先頭スタートでデイ1にある8つのスペシャルステージのうち6か所で最速タイムを出してラリーをリードした。
スタート順では2番目を走ったヒュンダイのヌービルも有利だったが、電気系のトラブルとロードセクションのスピード違反から大量のペナルティで大きく後退。
ただし初日だけでロパンペッラを評価できない。路面は後方の走行順になると泥濘化している場所もあり、そのハンディはラリー前の予想よりはるかに大きかった。
デイ2では展開が大きく変わる。この日の走行順はデイ1の結果のリバースオーダー、つまりワークスチームで最も遅かったドライバーから順にスタートすることになり、ロバンペッラは10番手の走行順となるが、案の定、ペースは大幅に落ちトップ5のタイムも難しいほど。さらに彼はパンクで1分を失い、ステージごとにヒュンダイのタナックに迫られる。幸いだったのはデイ2後半のSS15が濃霧のためにキャンセルされたことで、タナックも詰め切れず、ロバンペッラは首位を守ることになった。
タイム的には見るところがなかったロバンペッラだが、光ったのはタイムを出しようがなく、かつワンミスで終わってしまう状況で貯金を削りながらも首位を守ったことだ。デイ2を終えて、首位ロバンペッラと2位タナックの差は19.9秒。通常のターマックラリーなら十分な差だが、“通常”ではないクロアチアでは果たして?
トヨタとロバンペッラはこの差は十分と考えたのだろう。それが最終日デイ3 でのハード4本、ウェット2本という安全策だったのではないか。ドライなら悪くなく、ウェットなら最低限しのげる選択だ。そしてコース試走のクルーから全線ほぼドライという情報もあった。ただ私はこの選択に危うさも感じた。成長途中のドライバーはプッシュしている限り勢いで乗り切っていけることも多いが、守りに入ると脆いことが多いからだ。
一方、逆転を狙うタナックはソフト4本にウェット2本という攻撃的なタイヤチョイスだった。気温が低い場合や少しでも濡れていれば有利だが、完全にドライなら摩耗でタイヤが使い物にならなくなるリスクもある。
そして迎えたデイ3最初のSS17。タイヤがソフトすぎたタナックはロバンペッラに10秒以上の差をつけられる。続くSS18は路面に大量の泥が乗り、ソフトタイヤの恩恵からタナックが3秒取り戻す。走行順はタナック8番手とロバンペッラ9番手と有利不利はない。
一進一退の後、ドラマはSS19で起こった。予想外の突然の大雨で路面は完全ウェット。タナックは一気に30秒を取り戻し、ロバンペッラを抜いて1.4秒の差をつける。スタート以来首位を守ってきたロバンペッラついに陥落である。そしてタイヤ交換がないまま迎える最終のSS20でも汚れて路面温度が低いことを考えればタナックが有利だ。
こうなると精神的にも勢いのあるタナックが有利で、気落ちしたはずのロバンペッラは精神的にも、履いているタイヤも厳しい状況だ。ところがロバンペッラはその不利を撥ね除けSS20で奇跡的な走りを見せた。ハードタイヤが暖まりにくい序盤からタナックに差を付け始め最終的に5.7秒差でフィニッシュ。4.3秒差で逆転して優勝を引き寄せたのである。タナックも2番手タイムでフィニッシュしており、遅いわけではなかった。ただただロバンペッラが速かったのだ。
不利なタイヤ、不利な精神状態。最終SSを前にしたロバンペッラに有利なカードはひとつもなかったが、その逆境を克服できるドライバーこそがチャンピオンを争えるドライバーになる。この逆転優勝は単なる劇的な勝利ではない。デイ2を耐えながら凌いだことも合わせてロバンペッラがチャンピオンの資質を持つドライバーであることを証明した結果がこの勝利だったのではないだろうか。
WRCを眺め続けていると、何年間に一度、「スター誕生」と思える瞬間がある。2022年のWRC第三戦クロアチアの最終ステージはまさにスター誕生の瞬間であった。
ライター
川田輝(かわだあきら)
1960年生まれ
自動車雑誌の編集部員からオートテクニック、ラリーXプレスのジャ
ーナリストになる。
アジアパシフィック選手権、PWRCのチームマネージャーを経てスズ
キWRTのチームマネージャーを務めた。
WRCは取材、チーム参戦で250戦ほど経験