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コラム

自動車の電動化が進む中で、樹脂材料に求められる役割とは

2026/04/22

自動車産業は今、大きな変化の波の中にあります。
電動化の加速や脱炭素への取り組み、そしてソフトウェアによってクルマの価値が決まるSDVの台頭など、これまで当たり前だった前提が次々と見直されています。
こうした流れの中で、高分子材料はこれまで以上に重要な役割を担うようになりました。軽量化素材として長い歴史を持つ一方で、近年は電池やモーターの性能を支える“機能材料”としての存在感が高まっています。
本稿では、自動車の電動化がどのように進み、その中で材料にどのような役割が求められているのかを、できるだけわかりやすく整理しました。

自動車の電動化が進む中で、樹脂材料に求められる役割とは

電気自動車への流れは本当に無くなったのか

自動車産業は今、これまでにない規模で転換点を迎えています。100年以上続いたガソリンエンジンの時代が終わりを迎え、電気自動車(EV)へと流れが大きく変わる可能性が語られてきました。地球温暖化が「温暖化」から「沸騰化」とまで言われるほど深刻化する中、化石燃料を使うガソリン車が象徴的な見直し対象になっていることは間違いありません。
2020年前後は、EVの販売が前年比100%増といった勢いを見せ、いわゆるブームの様相を呈していました。その後は伸び率こそ落ち着いたものの、世界全体で見れば販売台数は着実に増え続けています。
しかし一方で、メディアでは「伸び率の鈍化=頭打ち」といった論調も目立つようになってきました。欧州では2035年のガソリン車全廃方針が見直されたことが話題となり、あたかもガソリン車が再び主役に戻るかのような印象も生まれています。
ただし、この方針変更はガソリン車維持のためというより、実現プロセスの調整という側面が強いものです。2035年時点で2021年比のCO2排出量を90%削減するという目標そのものは維持されており、従来型のガソリン車が姿を消していく方向性は変わりません。ハイブリッド車でさえCO2排出量は約半減にとどまり、単独では目標達成が難しいのが現実です。2050年の温室効果ガス排出量実質ゼロに向け、電動化の流れそのものは不変と言えるでしょう。
もっとも、この大転換は社会の仕組み全体に関わるものであり、インフラ整備や制度面の進化も不可欠なため、時間軸の見直しは避けて通れません。

EVがもたらす価値観の変化

EVは単にパワートレインがガソリンエンジンからモーターに変わっただけではありません。クルマ文化そのものの価値観を揺さぶる変化をもたらしています。これまではクルマは移動手段であり、走る、止まる、曲がるという基本性能の高さが価値の中心にありました。しかし、今はそのような価値観は変化し、多様化しつつあります。特にSDV(Software Defined Vehicle)といわれる通信機能でソフトウェアを継続的に更新し、機能をアップデートできる仕組みが整いつつあります。また、スマートフォンのようにアプリを追加することで便利な機能も追加できるようにすることも可能だと言われています。これまでの売り切りのクルマではなく購入後も成長できるクルマという、新しい概念が広がりつつあります。この大きな変革期に遅れてはならない――そのような危機感と期待が、EV技術の発展を後押ししています。

EVに求められる高分子材料

車が電気で走るためには、エネルギーを蓄える電池、電気を運動エネルギーに変えるモーター、その間をコントロールするインバーターなどが必要になります。電動化が進むにつれて、これらの部品には絶縁性や耐熱性、放熱性、安全性といった特性が強く求められるようになります。表1に各部品に求められる主な特性を示します。電動化が進むほど、これらの部品の性能がクルマ全体の性能を左右するようになり、その中で樹脂材料は重要な役割を担っています。樹脂はこれまで、金属製部品の軽量代替として歴史を積み重ねてきました。成形性に優れ、自由な形状を可能にするうえ、軽量で壊れにくいという特性から、準構造部品として広く使われてきました。
EVではさらに、電池内部でイオンを通しつつ電極同士の接触を防ぐセパレータや、高電流に伴う発熱を逃すための高熱伝導絶縁材といった、機能性を伴う用途が増えています。
エンジンという大きな発熱体は無くなりますが、電動化で局所的に高温になる部分があり、放熱性が欠かせません。加えて、高温下でも寸法安定性を維持できるスーパーエンプラの活用が進むなど、樹脂には新しい機能が求められています。電気、熱、光、音などを制御していく特長を生かした素材として、樹脂には大きな可能性が広がっています。

表1 電動車の主要部品に求められる特性と高分子材料

EVの軽量化と素材選択

EVの課題の一つに、十分なエネルギー量を積みにくい点があります。電池を多く搭載すれば航続距離は伸びますが、重量とコストの増加につながるため限界があります。そのため、クルマ全体の軽量化も欠かせず、軽金属やCFRPなどの採用が進んでいます。

電動化が変える車内空間と内装材料の役割

電動化によって車両構造からエンジンという制約要因が減り、設計の自由度が高まっています。その結果、内装空間の設計や素材選択にも変化が生まれ、樹脂材料には意匠性・快適性といった新たな価値が求められるようになりました。
EVでは静粛性の向上により、内装の質感や触感が従来以上に重要視されるようになっています。こうした変化の中で、自動車の内装を支える素材として、樹脂材料の役割はますます大きくなっています。
自動車の内装は、現在ほとんどが樹脂材料で構成されています。柔らかな触感や温かみのある風合いは、樹脂ならではの魅力です。熱伝導率の低さに加え、繊維化して接触面積を小さくすることで、より快適な触り心地を実現しています。
一方で、樹脂には「安っぽい」というイメージがつきまとうことがあります。しかし近年は透明性を高めた成形技術や、生物の構造に学ぶバイオミメティクスを用いた意匠によって、樹脂とは思えない高級感を持つ素材が登場しています。今後は天然素材では再現できない美しさや機能を実現する高級内装材としての進化も期待されています。

電動化が引き出す樹脂材料の真価

電動化の進展により、自動車に求められる性能は大きく変化しています。エンジン中心の設計から、電気・熱・音といったエネルギーを制御することが、車両性能を左右する時代になりました。この変化の中で、樹脂材料の真価は「機能性」にあります。軽量化を目的とした金属代替にとどまらず、電気絶縁性や放熱性、振動吸収性、意匠性などの機能を担うことで、電動車に不可欠な材料となっています。電動化が進むほど、樹脂材料は車両性能と価値を支える中核的な存在として、その重要性を増していくでしょう。

【編集後記】
EVの普及スピードや政策の変化は、ときに「流れが読みにくい」と感じさせることがあります。ですが、記事を通して改めて感じたのは、脱炭素への大きな方向性は確実に進んでおり、自動車づくりの価値基準が本質的に変わりつつあるということです。その中で、樹脂材料に求められる役割は年々広がっています。軽量化や熱マネジメントといった定番のテーマに加え、デザイン性や触感、さらには電気特性まで、素材が担う領域が多面的になってきました。旭化成としても、樹脂が持つ可能性をさらに引き出し、製品づくりへの更なる貢献を目指します。

執筆者

大庭 敏之

日本合成ゴム(現 JSR)を経て、1976年に日産自動車へ入社。材料研究・材料開発・品質対応に長年従事し、リサイクルや環境技術にも取り組む。自動車工業会での委員会活動や東京理科大学での非常勤講師も務めた。2012年退職後は「大庭塾」を主宰し、講演や若手技術者の育成に注力している。

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