コラム

振動騒音を左右する防音材の最新トレンド

2026/03/25

電動化が加速するなか、自動車に求められる「静かさ」の基準は大きく変わりつつあります。本記事では、工学院大学の山本崇史先生に、最新の防音材開発の潮流と技術背景をわかりやすく解説していただきました。エンジン音が小さくなることで浮き彫りになる新たな騒音課題や、薄型・軽量化と高性能を両立するナノファイバー素材、さらには音響メタマテリアルに至るまで、多様な先端技術が次世代車両の静粛性をどのように支えているのかを丁寧に紹介します。

次世代自動車に求められる静粛性とは? 振動騒音を左右する防音材の最新トレンド

電動化で浮き上がる新たな騒音課題とは

電動化が進む自動車では、内燃機関の騒音が減ることでマスキング効果が弱まり、代わりにロードノイズや風切り音が相対的に目立つようになっています。 車室内の静粛性は商品価値に直結するため、従来以上の騒音低減が求められています。ところが、厚みや質量を増して性能を向上させる方法は燃費・電費を悪化させ、スペースの制約も厳しくなるため限界があります。そこで近年は、軽量化と高性能化を両立し、環境負荷も低減する防音材の開発が重視されています。

ナノファイバーが切り拓く薄型・高性能吸音材

吸音材の高性能化を支える素材として、繊維径1μm以下のナノファイバーが注目されています。従来素材より空気流れ抵抗を大きくしやすく、薄くても高い吸音性能が期待できます。セルロースナノファイバー(CNF)をシート化して多孔質材と重ねた構造は、2kHz以上の帯域で吸音率が向上することが報告されています 1)。また、メラミンフォームにCNFを微量含有させると内部に微細膜が形成され、低周波吸音が改善する事例もあります。さらに、CNFをキセロゲルに分散させた材料では損失係数が向上し、固体・流体連成によるエネルギー散逸の増大が吸音率向上につながるとされています 2)

天然繊維で環境配慮と軽量化を両立

環境負荷低減の観点からは、天然繊維を活用した吸音材も重要性が増しています。ケナフや麻を用いた研究が進み、内装材に使われる例も増えてきました。なかでも注目が高いのがカポック繊維です。カポックは果実由来で伐採を必要とせず、中空率約80%と非常に軽量で、綿の約1/8という低密度を実現します。中空構造が断熱・吸音性を高め、グラスウールより軽量でありながら、同等の吸音性能を持つとされています 3)。こうした特性から、持続可能素材としての期待が高まっています。

微視構造から性能を設計するマルチスケール解析

防音材の高度化を支える基盤技術として、マルチスケールシミュレーションの活用が進んでいます。従来のBiotモデルに基づく解析は、マクロ特性と微視構造の対応づけに課題がありました。これに対し、材料内部の周期構造を仮定し、微視構造解析から等価密度や体積弾性率などの物性値を算出してマクロモデルに適用する二段階手法が提案されています。これにより、計算負荷を抑えながら材料設計へ直接フィードバックできるようになり、吸音性能の予測精度が向上しています。

低周波騒音を狙い撃ちする音響メタマテリアル

近年の乗用自動車では、ハイブリッド化・電動化の進展によりエンジン騒音が減少し、従来はマスキングされていたロードノイズや風切り音などの低中周波数帯の騒音が顕在化しています。しかし、従来の吸音材・遮音材は低周波数域での性能向上が原理的に難しく、新たな対策が求められています。そこで注目されているのが、自然界の材料では得られない特異な音響応答を実現する音響メタマテリアルです。波長より小さなユニット構造を周期配置し、ばね・質量系やヘルムホルツレゾネーターなどの局所共振を利用することで、低中周波数帯に選択的な遮音・吸音性能を持たせることができます。柔軟材料で覆った質量体や膜付きハニカム構造、質量付加膜、格子状に分割した平板など多様な構造が提案されています。自動車分野では、車室内の防音材やエンジンルームの制振材への応用が報告されており、電動化時代のNVH(Noise, Vibration, Harshness)対策として期待されています。

静かで環境に優しい次世代車への道筋

電動化に伴う静粛性の高度化は、単なる騒音低減ではなく、軽量化・省資源化・環境配慮を同時に満たす総合的な開発が求められています。ナノファイバー、天然繊維、マルチスケール解析、音響メタマテリアルの四つの潮流は、次世代自動車の静粛化を大きく前進させる技術群として位置づけられます。材料科学と車両設計が連携することで、より快適で持続可能なモビリティの実現が期待されます。

参考文献:
1)  T. Ulrich, J. P. Arenas, Sustainability, 12, 2361(2020) 
2) D. Katsura, T. Maeda, K. Kanamori, T. Yamamoto, J. Ohshita, Applied Sciences, 14(6), 2570(2024)  
3) Hf. Xiang, D. Wang, Hc. Liua et al., Chin J Polym Sci, 31, 521-529 (2013) 

 

【編集後記】
今回の記事では、防音材という一見シンプルに思える技術領域のなかに、微視構造設計や持続可能素材、メタマテリアルといった最先端の研究が密接に関わっていることを改めて認識しました。静粛性の向上は、乗り心地の改善だけでなく、軽量化や環境配慮といった複数の要請との両立が欠かせません。こうした複合的な課題に対して、多様なアプローチで未来を切り拓く今後のさらなる研究の広がりに期待します。
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執筆者

山本 崇史

京都大学大学院 工学研究科を修了後、三菱自動車工業および日産自動車にて、車体構造、振動・音響、最適化技術の研究開発に従事。2008年に京都大学より博士(工学)を取得した。
2011年より工学院大学 工学部 機械工学科の准教授を務め、2020年からは教授として車両構造・音響・計算工学に関する研究および教育に携わっている。日本機械学会奨励賞(2007)、日本機械学会賞(論文・2009)および科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(開発部⾨・2025)を受賞している。

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