コラム
周波数選択(FSS)を用いたメタサーフェス(メタマテリアル)の実例
2026/05/28
メタマテリアルとは、自然界には存在しない独自の特性を人工的に実現した材料の総称であり、光や電磁波、音といった波動現象を意図したとおりに制御できる点が特長です。一般的には、微細な三次元構造を多数配置することで機能を発現させます。このメタマテリアルの一形態として、表面に二次元的な構造のみを持つ「メタサーフェス」があります。その中でも、特定の周波数の電磁波を透過または遮断できる性質を持つものが、周波数選択板(Frequency Selective Surface:FSS)です。FSSは、空間フィルタとしての役割を果たすメタサーフェスとして知られています。このようなFSSは、電磁波の透過・反射を制御できる特性から、通信環境の改善手段としても注目されています。今回は、FSSを用いた電波吸収体の仕組みや特長について、防衛大学校の山本先生および亀井先生にご解説いただきます。
無線通信の高度化と電波吸収体への期待
近年、携帯電話や無線LAN、ETCに代表される無線通信技術は急速に進化しており、より高速で多くの情報を扱うために高周波帯の電波が利用されるようになってきました。一方で、無線LAN環境では、マルチパス伝送に起因する電波干渉や、セキュリティ上の課題が顕在化しています。こうした背景から、設置環境そのものを改善する手段の一つとして、電波吸収体の重要性が高まっています。
従来型電波吸収体が抱える周波数対応の課題
従来の電波吸収体の例としては、耐火性や強度に優れた石膏ボードを無損失誘電体スペーサとして用い、その表面に抵抗紙を配置したλ/4型電波吸収体が挙げられます。この方式は一定の有効性が確認されています。しかし、特に無線LAN用途を想定した場合、日本で一般的に使用されている2.45GHzおよび5.2GHzという二つの異なる周波数帯を併用する環境において、これら双方に同時に最適化することは難しいという課題がありました。
FSSを組み込んだ積層構造による新しいアプローチ
そこで注目されるのが、金属パターンが持つFSSの周波数選択性を活用した構造です。本構造では、IEEE802.11b/g(2.45GHz)およびIEEE802.11a(5.2GHz)の両方の中心周波数において、反射減衰量が最大となる電波吸収体を実現しています。λ/4型電波吸収体のスペーサ内部に、電波吸収膜である抵抗被膜と並列に FSS機能を持つ金属パターンシートを挿入する積層構造を採用しています。これにより、スペーサ内部における電波の位相をFSSによって制御し、吸収周波数の選択を可能にしています。

図:3層構造電波吸収体と透過波
高周波帯と低周波帯で異なる吸収メカニズム
例えば、抵抗被膜と金属パターンシートとの間隔は、高周波側である5.2GHzにおいてインピーダンスが無限大となるλ/4長に設定されています。このため、抵抗被膜を通過した入射波は金属パターンシートで反射されつつ、一部は透過します。一方で、低周波側である2.45GHzでは、この間隔の影響はほとんど受けず、金属パターンシートと背後の金属板との距離により生じる多重反射の影響を受ける構造となっています。
材料設計の自由度が広げる応用可能性
このように、誘電体、FSS、誘電体という境界面で構成される積層構造は、誘電体材料の種類やFSSパターン形状を調整することで、原理的にはGHz帯からTHz帯まで設計可能であり、適用周波数は材料特性や製造技術に応じて定まるという柔軟性を備えています。さらに、電波吸収層やFSSパターンにITO(酸化インジウムスズ)や薄膜金属、透明導電膜などを用いることで、可視光に対する透過性を確保した透明電波吸収体の構成も可能です。このような構造は、電磁特性と意匠性を両立できる点で大きな利点を持ちます。
自動車分野への展開に向けて
この設計の自由度、特にプラスチック材料との親和性や透明性の確保といった特徴は、センサーの配置や意匠性が重視される自動車分野において有効な選択肢の一つとなり得ます。
自動車分野においても、車載通信の高度化やセンシング技術の進展により、電磁環境への配慮は今後ますます重要になります。FSSを活用した構造吸収体は、材料設計の自由度が高く、プラスチック材料との親和性も期待できる技術として、自動車用途をはじめとしたさまざまな分野への応用が注目されます。
【編集後記】
従来のλ/4型吸収体では困難だった複数帯域への同時対応が、FSSの積層によって解決されるプロセスには、素材のさらなる可能性を感じずにはいられません。この設計自由度の高さや透明性の確保といった特長は、次世代モビリティの意匠性とセンサー機能を両立させる大きな鍵になるのではないかと期待が膨らみます。通信環境を改善する可能性のある、この「目に見えない技術」が、皆さまの製品開発における新たなインスピレーションとなれば幸いです。
*当社サービスに関するお問い合わせのみ受付しております。当記事の内容については、ご回答できない場合があることを予めご了承ください
執筆者

山本 孝
1980年3月、京都大学大学院工学研究科博士課程電子工学専攻を修了後、日本シーメンス株式会社に入社。その後、株式会社村田製作所を経て、1981年8月より防衛大学校電気工学教室の助手として学術キャリアを開始。
1984年にはカリフォルニア大学マテリアル科学工学科およびローレンス・バークレー研究所にて客員研究員として国際的な研究活動に従事。1987年、防衛大学校講師、1988年助教授、1994年教授に昇任し、電子工学・通信工学分野で教育・研究を牽引。2000年以降は通信工学科教授として、電磁波応用技術や高周波材料の研究を深化させた。
2014年、防衛大学校を定年退職後、名誉教授に就任。その後、2016年から2025年まで大阪府立大学(大阪公立大学)客員教授を歴任。
執筆者
亀井 利久
1993年3月、玉川大学大学院工学研究科博士後期課程(生産開発工学専攻)を修了。同年、防衛大学校に助手として着任。1998年から1999年にかけて、米国カリフォルニア工科大学で客員研究員を務め、35GHz帯モードコンバータの開発に携わる。
2007年10月、防衛大学校講師に昇任し、現在は同校准教授。博士(工学)。研究分野は、マイクロ波帯導波管を用いた回路設計、移動体通信向け小型アンテナ、液晶材料のミリ波・マイクロ波応用技術、流星バースト通信システム、電波吸収体材料定数推定法の研究、さらに現在は電波観測によるドローンキャプチャ技術の研究に従事。
モビリティ関連情報サイト

