エレクトロニクス

コラム

電波の仕組みと電波吸収体の役割

2026/02/19

自動車の自動運転やミリ波レーダー、そして5G/6Gといった高度通信が急速に普及する今、電波を「どう扱うか」は多くの産業にとって重要なテーマになっています。とりわけ自動車分野では、76〜81GHz帯を扱うレーダーの性能が自動車の安全性を左右する時代に入り、不要な電波を抑えて測距や検知の精度を高めるために、電波吸収体の材料・構造設計の重要性が増しています。本記事では、防衛大学校の山本先生・亀井先生に、電波の伝わり方や偏波の基礎から、反射・吸収のメカニズム、そして電波吸収体の設計思想までを解説していただきます。

電波の仕組みと電波吸収体の役割

1. 電波の伝搬と偏波の基本的な性質

電波は、空気中を進むときに電界と磁界が互いに直角の方向で振動する横波として伝わっていきます。この振動の向きによって「偏波」と呼ばれる特徴が生じます。直線偏波は振動方向が一定のまま進むもので、電界が地面に対して垂直な垂直偏波(図1)は、山が多い地域でも電波が回り込みながら届くという長所を持ち、ラジオ放送を支えてきました。一方、電界が地面と平行な水平偏波(図2)は、平らな場所で特に遠くまで届きやすく、テレビ放送や船舶レーダーで広く利用されています。また、電界の向きがくるくると回転する円偏波(図3)は、右回りと左回りがあり、互いに干渉しにくいため、GPSやETC、通信衛星などの高度な通信システムでも活躍しています。

図1 垂直偏波

図2 水平偏波

図3 円偏波

2. 電波の反射・透過・吸収のメカニズム

電波が物体にぶつかると、一部は跳ね返り、残りは内部へ入り込みます。電波吸収体は、この内部へ入った電波を徐々に弱めて熱に変えるために作られた材料です。吸収体の中を電波が進むと、材料の電気的・磁気的な損失によって勢いを失っていきますが、材料が薄い場合には裏側にある金属板まで届くことがあります。この金属板は電波をほぼ完全に跳ね返すため、戻ってきた電波は再び吸収体の中を進む間にさらに弱まり、外側へ戻る頃にはほとんど力を失っています。こうした反射と減衰の積み重ねによって、吸収体の表面では電波の反射が極めて小さく抑えられるのです。

3. 電波吸収体の設計原理と性能を左右する要因

電波吸収体の性能は、材料の誘電率や透磁率、損失、厚み、周波数、さらには偏波の種類など、多くの要素で決まります。吸収体の内部では複数の反射波が重なり合うため、それらがうまく打ち消し合うように設計する必要があります。この考え方は、伝送線路における終端整合とよく似ています。近年ではミリ波帯やテラヘルツ帯など、より高い周波数で使うために、材料そのものの工夫や複雑な三次元形状の最適化が進んでおり、電波吸収体はより精密な技術へと発展しています。

4. 自動車分野における電波吸収体の重要性

電波吸収体は、通信やレーダーの分野だけでなく、自動車産業でも欠かせない存在になりつつあります。最近の自動車はミリ波レーダーを使った先進運転支援システム(ADAS)や自動運転技術を備えていますが、自動車の周りには金属部品や電子機器が多く、それらが余計な反射を生み、レーダーの精度に悪影響を与えることがあります。これを防ぐため、レーダー周辺には高性能で軽量な電波吸収体が採用され、不要な電波を抑えて測距や検知の精度を高めています。自動車用レーダーが使う76〜81GHz帯は波長が短く、車体の微妙な形状変化にも影響を受けるため、吸収体の材料や構造には非常にきめ細かな設計が必要です。さらに、自動車は温度変化や振動が激しい環境に置かれるため、長期間にわたって性能を維持できる丈夫な材料が求められ、新しい複合材料や微細構造を持つ吸収体の研究が進んでいます。

5. 将来展望と技術の広がり

電波吸収体は、電磁環境を整えることで機器やシステムの性能と安全性を引き出す技術です。自動車がより高度な電子機器を積むようになった今、車内外の機器が互いに干渉しないようにするEMC(電磁両立性)対策としても、吸収体の役割はますます大きくなっています。今後はレーダーだけでなく、5G/6G通信や車載センサーの高度な統合が進み、さらに将来は自動車同士が直接情報をやり取りしたり、道路や信号機といったインフラと通信したりする仕組み(V2X)が普及すると考えられています。こうした技術が広がるほど、電磁波を適切に扱い、不要な反射やノイズを抑える電波吸収体の重要性はますます高まっていくでしょう。電波吸収体は、技術の進歩に寄り添いながら、これからの安全で快適な社会を支える存在と言えます。

【編集後記】
電波吸収体というと専門的で、どうしても「技術者だけの領域」に思われがちです。しかし取材や技術レビューを続けていると、電波の扱いは自動車、通信、インフラなど、実は私たちの生活に直結したテーマであると実感します。特に自動車向けミリ波帯では、素材のわずかな改良がレーダー性能に大きく影響するため、材料研究の奥深さを感じずにはいられません。
V2Xや高周波通信の普及により、電磁環境はこれまで以上に複雑になります。こうした変化の中で、素材メーカーが担う役割はさらに拡大していくはずです。
今後もさまざまな材料や技術の動向を皆さまにお知らせしていきたいと思います。


旭化成では、ミリ波レーダに関連する製品ラインアップもございます、詳細はこちらのページをご覧ください。

執筆者

山本孝

1980年3月、京都大学大学院工学研究科博士課程電子工学専攻を修了後、日本シーメンス株式会社に入社。その後、株式会社村田製作所を経て、1981年8月より防衛大学校電気工学教室の助手として学術キャリアを開始。
1984年にはカリフォルニア大学マテリアル科学工学科およびローレンス・バークレー研究所にて客員研究員として国際的な研究活動に従事。1987年、防衛大学校講師、1988年助教授、1994年教授に昇任し、電子工学・通信工学分野で教育・研究を牽引。2000年以降は通信工学科教授として、電磁波応用技術や高周波材料の研究を深化させた。
2014年、防衛大学校を定年退職後、名誉教授に就任。その後、2016年から2025年まで大阪府立大学(大阪公立大学)客員教授を歴任。

執筆者

亀井利久

1993年3月、玉川大学大学院工学研究科博士後期課程(生産開発工学専攻)を修了。同年、防衛大学校に助手として着任。1998年から1999年にかけて、米国カリフォルニア工科大学で客員研究員を務め、35GHz帯モードコンバータの開発に携わる。
2007年10月、防衛大学校講師に昇任し、現在は同校准教授。博士(工学)。研究分野は、マイクロ波帯導波管を用いた回路設計、移動体通信向け小型アンテナ、液晶材料のミリ波・マイクロ波応用技術、流星バースト通信システム、電波吸収体材料定数推定法の研究、さらに現在は電波観測によるドローンキャプチャ技術の研究に従事。

この記事をシェアする

LinkedIn