コラム
ゴム・エラストマーの最前線:タイヤ内部で進化する材料化学と構造力学
2026/08/31
自動車技術の進化を語る際、バッテリーやモーター、自動運転技術といった先端システムに注目が集まりがちです。しかし、それらがもたらす優れた運動性能や環境性能を最終的に路面へと伝達しているのは、タイヤに他なりません。本記事では、材料化学や構造力学の視点からタイヤ内部で進行している技術開発の現在地について、技術コンサルタントとしてご活躍の中北一誠氏にご解説いただきます。
ゴム・エラストマーの最前線:タイヤ内部で進化する材料化学と構造力学
「100年に一度の大変革期」を迎える自動車業界。電動化や自動運転化が進む一方、車を支えるタイヤは「黒くて丸いまま」に見えるかもしれません。しかしその内部では、材料化学や構造力学の技術が大きな進化を遂げています。今回は、目に見えにくい最新タイヤ技術の最前線について、素材や力学の視点から分かりやすくご紹介します。
低燃費化とシリカ技術:化学の力で克服した相性課題
タイヤ開発における重要なテーマの1つである「低燃費化」において、大きな転換点となったのがシリカの活用です。近年、低燃費タイヤのトレッドゴムでは、補強充填剤(フィラー)の90%以上をシリカが占め、カーボンブラックを10%以下に抑えた製品も存在します。
課題となるのはゴムとシリカの相性です。シリカ表面は親水性(水になじみやすい性質)[HS1.1]を持つのに対し、ゴムは疎水性(水をはじきやすい性質)[HS2.1]であるため、そのままでは均一に混ざり合いません。この相性を改善するのが「シランカップリング剤」です。化学的にシリカ表面をコーティングし、ゴム中に均一に分散させる技術が確立され、広く活用されています。
なお、「カーボンブラックをゼロにしない理由」は優れた紫外線防止作用にあります。全く配合しないと紫外線でゴム高分子が劣化し表面が著しく劣化(ひび割れなど)してしまうため、耐候性を保つ上で重要な役割を果たしています。
EV時代に求められるタイヤの高耐久化と材料シフト
EV化が進む中、BEVの課題である航続距離を伸ばすため、タイヤにはさらなる転がり抵抗低減が求められます。さらに、大容量バッテリーによる重量増とモーターの強大なトルクはタイヤ摩耗を早める要因となるため、「低転がり抵抗」と「高耐摩耗性」のハイレベルな両立が大きな課題となっています。
BEV用タイヤの技術思想は、将来的にトラック用タイヤに近づくのではないかと考えられています。乗用車の空気圧200〜300kPaに対し、トラック用は700~900kPaという高空気圧で運用されます。高空気圧化で接地面圧が上昇すると、ゴム材料自体の強度がより重要になってきます。
現在乗用車で一般的なSBRなどの合成ゴムは低発熱性や耐摩耗性に優れる一方、天然ゴムと比較すると高負荷条件下での強度確保が課題となる場合があります。トラック用で高い比率で天然ゴムが使われるのは強度の高さが主な理由ですが、今後は天然ゴム比率の向上に加え、SBRのスチレン重合率向上や分子構造制御や水素添加による耐久性向上の開発が進められています1)。
これら天然ゴムや合成ゴムに代表される「エラストマー(ゴム状弾性体)」の分子構造を制御し、いかに耐摩耗性や引張強度を引き出すかが、高負荷なEV時代における材料開発の要となっています。
サステナブル技術とリサイクル:サーマルからケミカルへ
車本体の電動化が進む一方で、タイヤに使われる原材料そのもののサステナブル化にも注目が集まっています。タイヤは大量の高分子材料を使用するため、循環利用への転換が模索されています。
例えば、米の収穫後に廃棄される「稲のもみ殻」からケイ素を抽出し、シリカを作製する試みが行われています。また、断熱材などのポリスチレンを合成ゴム原料へ回収する技術や、廃鉄骨からのスチールワイヤー再生、廃タイヤからのカーボンブラック回収なども進行中です。
リサイクル面でも進化が続いています。日本自動車タイヤ協会(JATMA)のデータ2)によると国内のタイヤ回収率は99.6%と高い水準ですが、現状はその約8割が熱源として燃やす「サーマルリサイクル」となっています。持続可能な循環型社会に向け、熱分解によりオイルやガス、高分子原料へと還元する「ケミカルリサイクル」への取り組みが進められています3) 。
自動運転の運動制御を足元から支える「応答性」向上
素材や環境面での進化にとどまらず、クルマの「走り」を高度に制御する自動運転時代においても、タイヤは新たな役割を担うと見られています。
自動運転のアルゴリズム制御で課題となるのが、ステアリング操作に対する車両挙動の「遅れ」です。発生タイムラグが大きいと精密な制御に影響を与えるため、過渡応答性を高めることが期待されています。この応答性を高めるため、内部のスチールベルトの幅広化や角度調整、高空気圧化による剛性向上といった構造的なアプローチが検討されています。
一見すると昔と変わらない「黒くて丸いタイヤ」ですが、その内部では分子レベルの材料科学から構造力学、さらには資源のリサイクル技術に至るまで、外からは見えにくい部分で技術開発が進められています。
1) 中浜隆元:日本ゴム協会誌,第96巻 第1号(2023)
2) 一般社団法人 日本自動車タイヤ協会(JATMA)Webサイト「廃タイヤのリサイクル状況」(参照日:2026年7月)
3) 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)グリーンイノベーション基金事業「廃プラスチック等からの化学品製造技術開発」公表資料(参照日:2026年7月)
【編集後記】
自動車の電動化や自動運転化に伴い、タイヤに求められる性能要件も多様化しています。外観上の変化は分かりにくいものの、内部では分子レベルの化学制御から構造力学に基づく設計まで、さまざまなアプローチから開発が進められています。普段何気なく目にしているタイヤの裏側に、どんな技術が詰まっているのかを知るきっかけになれば幸いです。
執筆者
中北 一誠
ザイミックス株式会社 代表取締役
1964年三重県生まれ。1987年東京農工大学工学部卒。横浜ゴムや住友ゴム工業にて20年にわたりタイヤ用ゴム配合に従事後、モメンティブ等でシランカップリング剤の開発に携わる。2018年にラテリアル事務所代表、2022年にザイミックス株式会社を創設し代表取締役に就任。ゴム材料・添加剤開発のスペシャリスト。
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