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コラム

リチウムイオン二次電池用電解液と添加剤の開発動向

2025/12/03

リチウムイオン二次電池(LIB)の性能と安全性は、電解液技術、特に添加剤の進化によって飛躍的に向上しました。実用的な有機系電解液は、低温動作性と安定性を満たす組成が選ばれ、高純度が重視されます。1999年に提唱された「機能性電解液」以降、負極・正極の保護、過充電防止、抵抗低減など、多機能な添加剤が開発され、電極表面のコーティングや異常時の安全機構の実現に貢献しています。本稿では、これらの機能性添加剤のメカニズムや、安全性に関する不燃化の課題について、専門家の視点から山口大学の安部先生にご解説いただきました。

リチウムイオン二次電池用電解液と添加剤の開発動向

安部 浩司(山口大学 教授)

はじめに

リチウムイオン二次電池(LIB)の電解質を大別すると、液体電解液と固体電解質があり、液体電解液には有機溶媒系と水系があります。液体電解液には、Li塩濃度が1モル/リットル前後と4モル/リットル程度の濃厚電解液に分けられます(図1)。ここでは、実績豊富な通常のLi塩濃度の有機系電解液+添加剤について説明します。

電解液に求められること

車載用電池の電解液には、低粘度かつマイナス30℃でも液体であることが求められます。そういう組成領域はあまりなく、エチレンカーボネート(EC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)を体積比3:4:3で混合した溶液に、Li塩の六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)を1モル/リットル程度溶かしたものが使われています(図2)。加えて、電解液は高純度で化学的に安定でなくてはいけません。これまで、純度や化学安定性を軽視した電解液が一時流行ることはあってもロングセラーになった事例は無いのが実状です。

機能性電解液の登場

1999年、さまざまな機能を有する添加剤入りの“機能性電解液”が提唱されて以降、負極用添加剤をはじめ、正極用添加剤、過充電防止用添加剤などが実用化されました(図3)。これを機に、添加剤の開発が一気に広がりました。

負極用添加剤

添加剤の入っていない電解液は、不純物が被膜を形成し、電池性能を劣化させてしまいます。そのため、機能性電解液では添加剤を利用することで被膜を制御し、性能劣化を抑えることが重要になります。ポイントは「主溶媒の分解を抑制するため、いかに電極表面をきれいにコーティングするか」です。添加剤によるコーティングの特徴は、めっきのように「均一」にできることで、現時点では最も簡便かつ再現性の高い方法の1つです(図4)。最近の負極表面コーティングは技術レベルが上がってきて、下地用と補修用のように複数の添加剤を用いています。

正極用添加剤

LIBが高容量化してくると、正極表面でも電解液が分解します。正極用添加剤の作用メカニズムには「電気化学タイプ」と「化学タイプ」があります。電気化学タイプにはさらに「被毒」と「電子伝導」という方法があり、化学タイプには「中和」と「配位」という方法があります。

過充電防止添加剤

充電中にLIBの熱暴走が起こると、火災や爆発につながる恐れがあります。古くからの防止法として、「電子回路による制御」や「セパレータが溶けることを利用したシャットダウン」といった方法が知られていましたが、非常に簡便で画期的な方法として、電解液の過充電防止添加剤が登場しました。通常は何も起こらず、満充電より高電位になった時だけ、添加剤が重合してセパレータを目詰まりさせたり、水素ガスが発生して安全弁を作動させたりして安全性を確保します(図5)。

不燃化の期待と現実

多数の電池を使うEVは特に安全性が重要です。電池が急激に発熱すると、液体の電解液は引火しかねません。そのため近年では、固体電解質を用いた全固体電池が注目を集めています。しかし実用化にはまだまだ多くの課題を抱えています。その他にも長年、難燃・不燃の化合物が研究されていますが、今も性能低下は克服されていません。しかも、不燃ということは焼却廃棄できないので、実用化は難しいと言わざるを得ません。
そもそも不燃化を議論する前に、重要なことが2つあります。1つは、電解液が無くても電池には「酸素源」となる正極活物質と「燃料源」となる炭素負極やセパレータがあるので燃えるということです。もう一つは、実際のLIBの中の電解液はチャプチャプしているわけでもポタポタ垂れるわけでもなく、「湿った雑巾」くらいということです。そのことを知っていれば、電解液の不燃化より、電極側の熱安定性を高めることの方が大事だと分かります。

抵抗低減添加剤

負極や正極を表面コーティングすると、抵抗が上がってしまうのは仕方ないこととされていました。しかし、多数の電池を使う車載用では、1つ1つの電池の抵抗を少しでも下げることが不可欠です。抵抗低減添加剤には、「正極用」「負極用」「正極用+負極はコーティング」の3タイプありますが、抵抗低減はこれからも非常に重要な課題なので、更に優れた添加剤の登場が楽しみです。

最後に

ノーベル化学賞を受賞(2019年)された吉野彰博士の「リチウムイオン電池総論」(「ぶんせき」, 10, 580-584 (2013))によると、「機能性電解液技術によりリチウムイオン電池の性能は飛躍的に向上した」と述べられており、今や「添加剤を制するものは電池を制する」と言っても過言ではないでしょう。さまざまな添加剤が知られてくると、添加剤を過去から現在までを迅速かつ系統的に学ぶことは必ずしも容易ではありません。これを機に、LIBの電解液添加剤に興味を持っていただければ幸いです。

<編集長後記>

電解液添加剤は、電池性能の向上と安全性確保に不可欠な技術であり、今や電池産業の競争力を左右する要素の1つです。日本の電池産業が世界で存在感を示すためには、こうした基盤技術への理解と応用が欠かせません。研究開発は現在も進められており、今後、より優れた添加剤が開発されることが期待されます。


旭化成では、EVの普及以前よりバッテリー関連で多くの製品・技術を開発してきました。近年は、リチウムイオン電池用セパレーター、エンジニアリングプラスチック、発泡体などのサプライヤーとして、EV用バッテリーの安全性や機能性の向上、省スペース化に貢献しています。旭化成の素材情報は、こちらのページをご覧ください。

執筆者

安部 浩司

1991年に宇部興産入社後、エレクトロケミストリーや機能性材料の研究開発・事業化に従事。エレケミ開発グループリーダー、機能品技術開発副部長、機能材第一ビジネスユニット長を経て、2011年に先端エナジーマテリアル開発センター長。2014年〜2025年はフェローとして技術戦略に携わり、2018年より山口大学教授として産学連携と次世代材料研究を牽引している

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